倒れ付すとも。

自分が満足して死ねればそれでいいのです。

地獄行き

片付けの終わらない6畳1K、息をしている。

 

 風俗業が辞められずいる。メンズエステを騙った鏡張りの部屋で契約通りお喋りとマッサージで済む日はなく、軋む股関節と何度目かの貴方だけは特別を繰り返している。

 

 クリスマスイブに3時間セックスした相手にプレゼントを貰った。金属の装飾のあるカップは今までどんな恋人に貰ったものより高価だったけど、電子レンジで使えないのでそっと枕のそばに箱に納まったまま転がっている。包装の白いリボンを手に取って、きれいだなぁと思ってそれで首を絞めた。ぎゅうんと視界がよく似た白い色になったあと、手を離し聴力の戻った耳には室外機と空気清浄機の音だけが鈍く響いた。好きな人だけと愛し合うことの出来る人生がある人間は幸せそうだと思った。

 

 風俗をやめないのはもれなく束縛気味な過去の恋人達か親への当て付けかと泣かれたことがある。そうかは分からない。自傷の代わりかと聞かれた。そうかもしれない。ただ、シンプルな理由はお金が無い。それだけ。

 今は学生をしながら医療機関でアルバイトをして、賃金を貰っている。その賃金は本来貰えないものなのだと上司に言われた。学生の実習なのに賃金を貰って僅かにボーナスも貰った。生意気だと言われた。オープンキャンパスの手伝いで日曜日はフルタイムで働いている。ほかの学校なら給与は出ないと言われた。ならばこのお金を生活費とするのはよくないことだ。貰えるはずのないお金で生活してはいけない。

 一人暮らしの生活費の元手になっているのは奨学金だ。毎月何万円か入ってくるそれは、親にあまり手をつけない方がいいと言われた。借金なので、後で返さなくてはならないから。取っておかなくてはいけないと言われた。ならば、これで生活している私は責められるべきである。

 ともすればほかの収入が必要だ。奨学金は1年分とはいえいつか返さねばならないから貯金もいる。私の内定先の基本給は雀の涙だ。奨学金を返しながら1人で生活していける額ではない。明らかに実家住まいが前提のそれに対して私は乾いた笑いをするしかない。実家になんて二度と帰れない。私はあの家で息ができない。

 能無しで金無しで時間もない私が持っているのは若い女の体だけで、働いても働いてもそれはもらってはいけない報酬なのだと言われ続けるなら生活に足りる程度自分にお金を払ってくれる人間を探せばいい。だが私は弱い。店を介さずに美しくもない顔を晒し醜く太った根性焼きの痕の残る足を運びそんな人間を探すリスクは大きすぎるし、いつか人に刺されて死ぬと言われた私でもそんな理由で死ねばネットに拡散され全世界に笑われるだろう。結局客をつけてくれる風俗店に在籍するしかなくて、夕方の街をふらふらと倒れそうになりながら出勤することは必然的な日常だ。

 

 結局私にとって今の現状は必然性のあるもので、こうなるしかないものだ。哀れまれる手合いでもなし、全て私が選択しそうなった。誰かの当てつけにこんなことをしている訳じゃない。

 私が選択出来ることに意味がある。そこで特定個人に哀れみを乞い援助を求める術もあっただろうが、その自由の中から私が私の意思で選択したのだ。もう誰かに自分に触れる人間を指図されることもなしに、私は自分の価値を売り捌くことが出来る。私の人生はもう誰かを唯一として全てを犠牲にするようなことにはならないし、誰かが満足するための理想の人生を偽り続けるようなこともない。それが私は幸せなのであって、この深い孤独と、抱えた病と、共に私は駆け抜けて死んでいく。

 

 私を憐れみ影で嘲笑するぐらいなら、偽善で理想論を並べ立ててそのところ自分が満足するために救おうとするくらいなら、指咥えてそこで見てろ。私はそのうちそうやって愚かに死ぬが、私自身はそれでいいのだから。

泣いた

 無様に息をしている。

 

 

 7月に緊急搬送されて3日間入院した。自殺未遂ではなく、昼職も夜職もフルでこなし続け30連勤以上を繰り返した過労が祟って。貧血で輸血寸前だった。原因はまだわからない。後遺症は未だある。

 

 馬鹿みたいに働き続けて、代償は重かったとはいえ金は手に入ったからそれを元手に一人暮らしを始めた。息をするのがこんなに楽なことは人生で久しぶりで、不眠症は治った。

 でも一人暮らしはともかく金がかかる。高校から今までの貯金を切り崩し生きていくのがつらくて、派遣の風俗の仕事は1度やめたくせに今日また新しい店に面接に行った。

 

 面接を乗り越え下着姿の写真を撮ることになった。写真を撮るのは女の人だった。彼女が出てきた瞬間私は息を飲んだ。

 あのひとに似ていた。

髪も長い、お化粧も綺麗で、体つきも女性的で、全然違うって分かってるのに息苦しくなった。目も眉も笑い方も優しい手も似ていた。自傷痕を上手く隠す写真を撮ってくれた。帰り際、そっと肩を抱いて彼女はもう自分を傷つけないで、自分を大切にしないのはこの店が最後にしたほうがいい、って優しく囁いた。

 初出勤の日までちゃんと生活出来る?頑張れる?って聞かれた。はい、大丈夫ですって答えた。

 

もうダメだった。

 

 帰り道声を上げて泣いた。今1番欲しかった優しい言葉を1番好きだったひとに似た顔で掛けられて、ずっと一人で頑張ってきた心が糸が切れたみたいにこわれて、私はずっと泣いている。ああ私、自分を大切にしてって言われたかったんだ。まだそんな自己愛を持ち合わせていたんだ。まだ引き摺っているんだ。まだ愛されたがっているんだ。

 

 悲しくて、悲しくて、嬉しかった。

 これからもっと頑張らないといけなくて、我慢しないといけないことが沢山あって、投げ捨ててきたものは沢山あった。だけど、きっとやれる。この未練を抱えたまま私は生きていく。それでいい。あのひとを最後の人にして生き続けるのは、私の最後の望みだから。最後に、あのひとに言えた本心だったから。まだやれるよ、無様に息をしていける。だから大丈夫。

逃げ道

 生きることから逃げ出したい毎日だ。

息をするのも死にたい。自分は人より劣っていてどうしようもないから、誰かに期待されたと勘違いするのは避けねばならない。しっかりと現実を見て大人の対応をしなくちゃいけない。思い上がらず、真面目に正しく。

 周りの人間が全員実は彼女と繋がっていて自分との何倍も信頼しあっていて、みんなで指さして私を笑っているのだと時々思う。そうでもしないと説明がつかないことが多い。前に進めない私が悪いのかと言われたらまぁそうだし、何を言われても何をされても気に留める方が気持ち悪いのだろう、知らないけれども。私のならなければいけない正解はなんだったんだろうか。どうすれば嘲笑われずに済むのだろうか。嘲笑われたくないというのは傲慢なのだろうか。誰も巻き込みたくない。

 

 私を人間として扱ってくれるなぁと思うのは転職した先の派遣リフレのホテルで会う男の人ばかりで、雑に性欲処理に使われたとてお金をくれれば、私に価値を感じてくれていると分かるからよっぽど単純明快で楽だ。繁華街の裏側の世界は息がしやすい。だから愛を求めるのを、自己愛を抱くのをやめさえすれば私は楽に生きられるのだろうなと思う。それまではこの仕事で醜い欲を金に換えるしかないと思う。家で親に圧を掛けられながら入る風呂より、さっき馬鹿みたいに乱暴に自分を抱いた男と入るユニットバスの方が安心するんだから、落ちる所まで落ちたもんだとどっかで別の私が笑っている。

 

 生きたくない、逃げ出したい、ともかく金と時間と薬が足りない。いくら頓服を処方されても親は全部鍵を掛けてしまってしまうから意味が無い。この死にたいから逃げたい、何も考えずに生きてみたい、許されるものなら啼哭に溺れたい。

 

 男の人が今日もイった?って頬を撫でてくれる。本当は逝きてぇなと思う。繰り返す。哭きたい。

迷々

 自分を追い詰めることに満たされる。

4月の1日から今日まで休むこと無く動き続けていた。時に薬に頼りつつも毎日5時には起きる。2時間満員電車に揺られ学業に励み労働する。くたくたになってどんなに体調が悪くとももう甘えてはいられない。

 

 創作活動に割いている時間が短くなりすぎている。今まで学校から帰ったら、もしくは風呂をあがったらPC前に何時間も着くことが多々あったが、PC自体あまり開かなくなった。睡眠は怠惰である。私は何時間寝ようが体調が改善することは無いので、創作意欲が湧いたならそれに従うしか生産性を上げる方法は無いのだ。それでも少なすぎる。なんとか移動時間で創作を続けるも、あまり捗っていない。無様だ。

 

 ついに───ついに。先日新しい職場で3時間待機しても客をとることが出来なかった。たぶん改善しないとこれがずっと続く。指名客は週末に来るので、予定が合わない限りもう宛に出来ない。無給で3時間座っているのは確実に時間の無駄なので、なんとかしないとなぁと思う。最悪もっとサイトの写真とサービスが過激な所に移籍するとか。深刻に金が足りない。土日固定で各6時間働いても今月から毎月学費の支払いが入るし、医療費も自己負担額が増えた。学校や就活で必要なものは沢山あるし、ブロンは辞められそうにない。せめてもの節約で煙草はすっぱり辞めたし昼食も最低限に留めている。それでもこの貯金額では、親に私を手放してもらう説得力にならない。

 

 カウンセリングの先生にも、主治医にも、学校の先生にも休め根を詰めるな無理をするなと言われる。しかし私はそうしなければならない理由があるし、そうしている方が楽なのだ。死ぬ事を考えなくて済むし、幸せを追い求めることも諦められる。崩れていく体調に自分がにんげんであることを感じられる。

 

 なんとか生きている。なんの為かはもうわからない。ひとりになりたい。

なんだ、まだ大事なんじゃん

 私も変わったものだなと思う。

 

 相変わらず危ない橋を渡るようにして息をしている。時折夜中に食べ物を吐いたり血を吐いたりしているし、二の腕の傷はケアリーヴのジャンボじゃ隠しれないし、肘の裏は針の痕と内出血に溢れて赤と青のモザイク画と化した。それを全て覆い隠して、無理やり擬似麻薬を脳にぶち込んで繁華街へ出勤する。前髪をまっすぐに切り揃えて、髪を短く刈るのをやめた4年前みたいな格好で。

 狭い部屋で30分の濃厚接触を。今まで相手したお客様みんながみんな泣きそうな顔だ、って言うから笑ってしまう。そりゃそうさ。完璧に演じられるようになるまでを楽しんでくれ。

 ある日の最後のお客様に下着を盗まれて店の外に呼び出された。接客中には無理やり行為を強いてきたひとだ。物陰に連れ込まれて連絡先の交換を強いてきた。握り締めた防犯ブザーに恐れをなしたのか、なんとか無事に帰ることが出来た。

 

 行為や連絡先の交換を頑なに拒んでいる時、それを怖いと思った時、防犯ブザーをカバンに入れておいた時────ああ私、この期に及んで自分を大切にする余裕あったんだなと絶望した。全て置いてこられなかったんだな。どうなって死んだっていいって思ってた癖に、尊厳なんて要らなかった癖に。結局似非メンヘラでしかないのだ。無様だ。

 

  何もかも受け入れることは愛では無い、といろんな人に言われる。それはそうだ。分かってる。だけど私の特質というのは、この仕事に適しているのだろう。短時間の甘やかしでお客様の今後の人生に責任を負わせられることもないだろうし。ただいい気分になってもらえれば、ついでに抱きしめてもらえれば、それだけで。まあ料金はかなり踏み倒されているので、割のいい商売ではないが。

 

 何も目に入れたくないし、避けたい。逃げ出したい。無論そうしている。それでも、それでも目に飛び込んでくるのだ。容赦なく蘇るその記憶は私の首を絞める。私は足りなかった、私が醜く歪んでいたせいでひとを殺しかけたということを思い出す。だけど丸ごとあのひとの記憶を消し去ってしまえたら、愛を知らないままでいられたら、私はどれだけの涙を節約できただろうか。今は忘れていたい。なかったことにしたい。彼女が走馬灯に映った時漸く思い出して微笑めればそれでいいのに。出来ないことを渇望しても仕方がない。諦めるしかない。たぶん本当に逃れたいのであれば、とっくに死んでいる筈で。まだ無様に息をしているということは、自分を大事にしているということなのだろう。今の悲しみに浸るのが心地よいのだろう。自分に甘すぎる。

 時々全部誰かに話してみたいって思ったりする。ずっと悲しかったとか、苦しかったとか。無理だ。あまりに自業自得過ぎる。それで楽になれる訳が無い。聞く側だって地獄でつまらない。これは死ぬ迄抱え込んで背負って生きていかねばならない。どうにもならない。それが私の罪だからだ。

 

  結局こんな私でも必要とされたいし、誰かに宙ぶらりんの手をとって欲しいのだろう。無理だ。思うだけ無駄だ。いつかの幸せなんて信じちゃいない。割り切りが大事。私は大事じゃない。それだけ。