倒れ付すとも。

自分が満足して死ねればそれでいいのです。

萩の原は遠く

死に時を逃した。

 

19歳になった。祝ってくれる約束をしたひとに祝われること無く迎えた18歳は波乱に幕を閉じ、なんだかんだここまで生きている。

 

18歳最後の日に淋病が見つかった。多分レイプされた時に貰った。点滴を打ちながらぽかんと、今日仕事で相手する人は避妊具をつけてくれるといいなと思った。

 

レイプされたのは年末。されたというかされに行った。落ちる所まで落ちて、殺されるなら僥倖だと思った。出会い系で明らかに文章のおかしい人間にわざわざ煽るような返信をして、脅されて、写真と動画を撮られて、車に乗って腕を麻紐で後ろ手に縛られてホテルに行った。生でセックスをして中に出された。賢者タイムとやらでテレビを見ている男の横でこっそり録音を回していた。結局私は2度目のセックスに持ち込まれる前に囁きながら抱きしめられて何故だかその温かさに大泣きして、向こうが萎えて脅しの材料を目の前で全部放棄されて、時間より早く駅前に返された。死ねなかったなと思った。

 

帰りの車で私はずっと泣きながら彼女との思い出について語った。もう1年経つのに幻聴が消えない。ひどい扱いを受けたしひどいこともした。ひどい別れ方をした。だけどまだ愛してる。愛してるから、あの人が幸せになった世界で、幸せになったあの人と同じ空の下でまだ生きながらえている醜い過去の生き証人さえ死んでしまえばあの人の世界はきっと完璧に幸福になると思って。死ねない。なのに死ねない。愛してるのに全然死ねない。

 

そろそろ自分のしたいように自分のために生きなよ、レイプしたかった奴が言うことじゃないけどって男は言った。私が快楽と屈辱に自分から溺れたい人間だったら堕とし甲斐があったのに、そんなんじゃ萎えるって言ってた。

 

希望通りの人間じゃなくてごめんなさいね、と謝って別れた。これからきっとまともな人間になるから、って。

 

 

今月末でメンズエステを辞める。4月から正社員になって、もうすぐ引っ越して、1年間店を代わる代わるして春を売り続けたこの街から遠く離れる。

 

それでまともな人間になんてなれるかよ、と思う。

 

身体は淋病から腹膜炎に進行しているかもしれなかった。トイレに行くたびに便器が真っ赤に染る。体調はボロボロで毎晩15錠以上の薬を飲み干して眠りにつく。時勢柄ストレスの発熱でも何度も検査を受けた。耐性のついていく鎮痛剤を毎日追加しながら、血反吐を吐いて、薬物性頭痛に呻いて、もう辞めるんだからと実習先でいじめられて、でもまだ生きていた。

 

羨ましい、妬ましい、そんなことを思わない日はない。なんの薬も飲まないで人間が維持できて、将来の為に好きでもない人間に股を開かなくて良くて、病気に縁がなくて、実家が安心してくつろげる場所で、誰かに愛される人間が、助けを求めなくても助けてもらえる人間が死ぬほど羨ましい。

 

だけどこれだけ死のうとして死ねないなら、きっと私の萩の原はまだまだ遠いのだ。生きるしかない、その時まで。無様に汚い醜い重い身体を引き摺りながら。早く辿り着けることを願いながら。