倒れ付すとも。

自分が満足して死ねればそれでいいのです。

なんだ、まだ大事なんじゃん

 私も変わったものだなと思う。

 

 相変わらず危ない橋を渡るようにして息をしている。時折夜中に食べ物を吐いたり血を吐いたりしているし、二の腕の傷はケアリーヴのジャンボじゃ隠しれないし、肘の裏は針の痕と内出血に溢れて赤と青のモザイク画と化した。それを全て覆い隠して、無理やり擬似麻薬を脳にぶち込んで繁華街へ出勤する。前髪をまっすぐに切り揃えて、髪を短く刈るのをやめた4年前みたいな格好で。

 狭い部屋で30分の濃厚接触を。今まで相手したお客様みんながみんな泣きそうな顔だ、って言うから笑ってしまう。そりゃそうさ。完璧に演じられるようになるまでを楽しんでくれ。

 ある日の最後のお客様に下着を盗まれて店の外に呼び出された。接客中には無理やり行為を強いてきたひとだ。物陰に連れ込まれて連絡先の交換を強いてきた。握り締めた防犯ブザーに恐れをなしたのか、なんとか無事に帰ることが出来た。

 

 行為や連絡先の交換を頑なに拒んでいる時、それを怖いと思った時、防犯ブザーをカバンに入れておいた時────ああ私、この期に及んで自分を大切にする余裕あったんだなと絶望した。全て置いてこられなかったんだな。どうなって死んだっていいって思ってた癖に、尊厳なんて要らなかった癖に。結局似非メンヘラでしかないのだ。無様だ。

 

  何もかも受け入れることは愛では無い、といろんな人に言われる。それはそうだ。分かってる。だけど私の特質というのは、この仕事に適しているのだろう。短時間の甘やかしでお客様の今後の人生に責任を負わせられることもないだろうし。ただいい気分になってもらえれば、ついでに抱きしめてもらえれば、それだけで。まあ料金はかなり踏み倒されているので、割のいい商売ではないが。

 

 何も目に入れたくないし、避けたい。逃げ出したい。無論そうしている。それでも、それでも目に飛び込んでくるのだ。容赦なく蘇るその記憶は私の首を絞める。私は足りなかった、私が醜く歪んでいたせいでひとを殺しかけたということを思い出す。だけど丸ごとあのひとの記憶を消し去ってしまえたら、愛を知らないままでいられたら、私はどれだけの涙を節約できただろうか。今は忘れていたい。なかったことにしたい。彼女が走馬灯に映った時漸く思い出して微笑めればそれでいいのに。出来ないことを渇望しても仕方がない。諦めるしかない。たぶん本当に逃れたいのであれば、とっくに死んでいる筈で。まだ無様に息をしているということは、自分を大事にしているということなのだろう。今の悲しみに浸るのが心地よいのだろう。自分に甘すぎる。

 時々全部誰かに話してみたいって思ったりする。ずっと悲しかったとか、苦しかったとか。無理だ。あまりに自業自得過ぎる。それで楽になれる訳が無い。聞く側だって地獄でつまらない。これは死ぬ迄抱え込んで背負って生きていかねばならない。どうにもならない。それが私の罪だからだ。

 

  結局こんな私でも必要とされたいし、誰かに宙ぶらりんの手をとって欲しいのだろう。無理だ。思うだけ無駄だ。いつかの幸せなんて信じちゃいない。割り切りが大事。私は大事じゃない。それだけ。