倒れ付すとも。

自分が満足して死ねればそれでいいのです。

紙風船と糖衣錠

心が紙風船にでもなってしまったようだ。

 

夏の記事に書いたように、決心して投げ捨てた恋心は、結局最近彼女に拾い上げられてしまった。彼女はそれを一瞥し、恐らく割れ物を扱うかのような丁重さで大切に広い広い心の隅に置いてくれたのだろう。その行方を私はよく想像するようになった。

 

あなたは盛大なる誤解をしている、自分はあなたを嫌って離れたのではなく好きすぎてつらいから離れたのだ。

それを拾い上げる時、確かにそう言っていた。

 

嘘、なんだと思う。大人の嘘。私はそれを放り投げた経緯を頭がおかしくなって勢いで当の本人に話してしまったのだった。それに対して慰めとしてかけてくれた言葉は、子供には理解できない高度な嘘、というか相手を気遣う心だったというか。自分が嫌な女で重くて面倒な奴だということは言われなくてもわかっているので、短いあの付き合いのなかで一方的に幸せを傍受していたのは私だけだったはずなのだ。そして今度も、私がまた付き合えるのだと勘違いしただけで復縁なんかではなかった。……論より証拠。なんてったってそれから今日まで私達は言葉を交わしていないのである。

 

心の虚しさに耐えられなくなって腕を切ろうとしたもののやはり生傷は仕事に支障が出る。疲れて頭の回らない仕事帰りにドラッグストアに走りほぼ無意識で購入したのは、以前依存寸前で親に取り上げられた咳止め、ブロンだった。メンヘラ界隈では有名なOD向けのお薬だ。60錠で1500円弱、高級である。しかし臆することなくリストカット時代からの馴染みのドラッグストア(ポイントカードまで作っている)で財布からぽんとお札を出して、簡単に薬剤師に確認を取られはいきっちり用法用量守りますと宣言し、駅ビルのトイレでそれをリュックサックの奥へしまい込んだ。

 

仕事が午後からの日の前夜、よおしこれで次の日壊れても午後までに持ち直せば問題ないぞとそれを20錠喉に流し込んだ。宣言とは何だったのか。

泣きながら飲んだそれが、身体に回るのを浴槽に浸かって待った。

久々のODに吐き気を催す。錠剤が喉を通る感覚がトラウマで。そんなことは言ってられない。胸に穴が空いているのだ。潰せば空気が抜けそうな紙風船しかそこにはなくて、早くその頼りないものを退けて何かを詰め込まなくてはならない。

暫くすると気力が湧いて身体が軽く動くようになった。毎日嫌で仕方ない洗髪もスイスイこなせる。風呂を出る時にはシャキっとした感じは鳴りをひそめふんわりとした多幸感に包まれる。スキップしたいくらいだ。生憎家はアパート・マンションである。口が達者になる。まどろみの中で半分夢をみつつ、目の前の作業をサクッとこなす。

多幸感でいっぱいだった。胸にぽっかり空いた穴は糖衣錠20錠で満たされた。嬉しかった。今の問題は考えないようにして昔の彼女との思い出に浸かればより一層楽しくなった。その夜は多幸感に包まれて眠った。素晴らしい安眠だった。

 

心配した副作用は次の日全くなく、根暗モードは通常運転で4時間連続レジをこなした。

こんなに楽しいなんて、病みつきになってしまう。この薬は来月の生理前の地獄のためにとっておこう。

 

決意は3日で破けた。昨夜はボロボロに泣いた。私の勘違いは確定した。本当は少し期待していたのだ、一途に想えば報われるってやつを。愛されたくてなんて陳腐な理由で泣いた。胸にもう一回り大きい穴が空いて貫通した。ひゅうひゅうと通り抜ける北風に耐えられなくなってブロンを15錠、目の前にあったルルを8錠流し込んだ。

また浴槽に浸かって薬が回るのを待つ。

ルルを混ぜたのが悪かったのか効き始めは遅く猛烈な吐き気が押し寄せてくる。それをなんとか我慢すればシャッキリと目が冴えて低気圧で重かった頭がハチャメチャに軽く、正気はトンだ。洗髪をさっさと済ませる。

妹がどうやらもどしたようだった。風呂を早く出て妹に譲れと母の声。片や私は薬で頭がくらくら。そそくさと出て、普段は嫌っている父に向けて早口でなにか楽しそうに喋った気がする。シャキシャキと動けるので億劫でなかなか手がつけられなかった机の上の片付けをこなす。みてみてきれいにしたよ!と幼児よろしく母に言ったがはやいかガクッと気分がふわふわに移行する。幸せで幸せで誰かに愛いっぱいに抱きしめられた気分になった。所詮薬なのに。

しかしブロン単体と違ってやはりシャキーンと覚醒する感じが強く、全く眠くない。結局この時間まで寝ていないし眠気が全くない。ふわふわな多幸感が抜けて今はただただ吐き気と異常な目の冴えが私に爪を立てている。

 

やばい、とは思う。3日持たないって、あんまりだ。1度で20錠近く飲み、1瓶60錠入り。1週間持つか持たないか。不味いぞ不味いぞ。続きの84錠入を買おうとする私と、一瓶終わったらもうやめようとこらえる私。

 

でも薬以外でどうやって、このすぐに穴があく欠陥品の身体を埋めればいいんだ。手足が冷え切って上手くタイピングが出来ないので、どうにか眠ろうと布団を被ろうと思う。