倒れ付すとも。

ブログを使って声や思いを整理したいと思っています。

2018/02/07

病院に行ってきた。また母の運転する車の中で寝てしまった。

左腕に違和感を感じるのでそっと袖口を覗けば汚れたガーゼが乱雑に貼ってあった。昨晩切ったのか、よく覚えていない。

 

比較的に沢山伝えたいことを伝えられた気がする。

いつも前日や通院日の合間に言いたいことや相談したい事を纏めるのだがいざ診察室3人の密室になるとどうも言葉が出てこない。

 

ここ最近喉を痛めていて上手く声が出ないので、先生の聞きやすさとかハッキリした喋り方を意識できずに申し訳ない思いをした。

 

電車・バスなどの不特定多数の利用する公共機関が使えない…訳では無い。目に見えた発作は起こらない。ただただ無言で動悸、吐き気、自責感、希死念慮に襲われている。

イヤホンをして人の声を遮断し、マスクで醜い顔を隠し、下を向いて申し訳なさそうにしていれば乗り切ることが出来る。そんな程度だ。

4月からの高校通学には30分以上の電車移動が必要だ。比較的空いている電車とはいえまばらな方が視線を感じやすかったりする。やっぱり周りには見えないしわからないし理解のしようがないものに襲われてしまう。

 

目に見えないなら、外見だけ取り繕えているだけマシだ、まだ大丈夫自分の根性の問題と切り捨ててきたが今日ついに先生に報告ができた。あっさりと薬が二錠増えた。

 

言葉のニュアンス的に考えると私は統合失調症と診断されている様だった。正式な診断も断言もされていないのでまだまだ似非メンヘラだと思いつつある。なんだ似非メンヘラって。自分でも定義がしづらい。

 

3桁程の錠剤をジンシャーエールで流し込んで深夜に家を徘徊し次の日に気絶してからは薬の管理は母に頼んで貰っている。薬が増える度に要介護老人みたいだなぁと思うが、自殺未遂に無駄な思考に使える体力があり知恵がないだけ私の方が厄介かもしれない。

 

学校帰りの中学生を見ると眼球を切り刻みたくなる。高校が決まったら開き直れるなんてことは無かった。